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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)5458号 判決 1970年9月19日

原告 柏書店松原株式会社

右代表者代表取締役 松原純子

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 高橋一郎

同 菅徳明

被告 木田建設株式会社

右代表者代表取締役 木田雅行

右訴訟代理人弁護士 中村敏夫

同 山近道宣

同 染谷寿宏

右訴訟復代理人弁護士 溝淵照信

主文

第一、被告は、

一、原告柏書店松原株式会社に対し、金六四万円、

二、原告松原純子に対し、金六二万八六〇〇円、

三、原告松原醇三に対し、金七万円、および右各金員に対する昭和四二年六月一八日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二、原告らのその余の請求を棄却する。

第三、訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の、その一を原告らの負担とする。

第四、この判決の原告ら勝訴部分は、原告柏書店株式会社および同松原純子が各金二〇万円同松原醇三が金二〇万円の各担保を供するときはそれぞれ仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は、原告柏書店松原株式会社に対し、金九六万五、〇〇〇円、同松原純子に対し、金一三九万八一六六円、同松原醇三に対し金二〇万円、および右各金員に対する昭和四二年六月一八日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

≪以下事実省略≫

理由

第一、≪証拠省略≫によれば、原告松原純子は東京都新宿区本塩町二一番地に本件建物を所有し、昭和三八年以降夫の原告松原醇三および子供五名と本件建物に居住し、原告会社は同年以降本件建物の一部を原告松原純子より借り受け外国書物の取次販売業を営んでいた事実を認めることができ、右事実に反する証拠はない。

一方被告会社が建築の請負を業とする会社であること、昭和四〇年六月ころ、原告らの居住する本件建物の東側に隣接する地に地上六階地下一階の被告会社の本社社屋ビルの工事に着工し、同四一年一〇月ころ右工事を完成させた事実は当事者間に争いがない。

第二、そこで右工事の状況について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、次のような事実が認められる。

一、被告会社は昭和四〇年六月二九日、前記土地において前記建築工事を開始し、右同日より同年七月八日までの間コンクリート・パイル一〇〇本くらいの打込み(杭打)作業を行い、同年七月一五、一九、二〇、二五、二六、二七、二八日の七日間にわたり本件建物の敷地と本件工事現場の境界線から約七〇センチメートルくらいしか離れていない線を含む地点に約二メートルくらいの間隔をおいて合計六八本のアイビームの打込む作業を行い、同年七月二九日ころから同年八月一一日ころにかけてオーバーブリッジ内装、外装工事を、続いて同年八月八日ころより右建築工事現場の掘下げ作業を同年九月六日ころまでの間に約四・七メートルくらいの深さまで行い、それと並行して同年九月二日ころより右アイビームとアイビームの間に木矢板を入れる作業を、更には同月七日ころより同月一三日ころにかけて捨生コンクリート打ち作業を行って右建築の基礎工事をなし、次に前記アイビームを抜き取り、鉄骨を立て鉄筋を打ち、リベット鋲、コンクリートを各打ちながら建物を建築する工事が行われ、右工事は翌四一年一〇月七日完成したこと。

二、アイビーム打ち込み、コンクリート打ち込み、リベット鋲の打込みの各作業はしばしば、午後の八時ないし九時ころまでその工事期間中を通じて行なわれ、特にコンクリート打ち作業は深夜の一二時ころまで残業して行われたことがしばしばあったこと。

三、右工事のうちコンクリートパイルおよびアイビームの打込み、リベット鋲打の各作業により生ずる騒音は、大都市において公知ともいうべき強烈なもので、密接して居住する原告らにとって堪えがたい不快、苦痛を感ぜしめ、後記のように電話聴取も不能になるほどのものであり(但し科学的に原告主張の一〇〇ないし一二〇ホーンであったと認めるべき証拠はない。)、また右パイル、アイビーム打込み作業により生ずる振動も著しく、本件建物内の棚の上の物が落ちたり、螢光灯がはずれ落ちるなどのことがあり、昭和四〇年六月から、アイビームが抜き取られるまでの間、合計二三六回の衝撃波があった計算になり、その振動波は、振動速度周期〇・一秒、波長五〇メートル、速度毎秒五〇〇メートルのものと推定されること。そして基礎工事の際における後記土砂流出と振動により本件建物の地盤の沈下をもたらしたこと。

四、右工事期間中、右工事現場からコンクリート塊(大きいのは直径二〇センチメートルくらい)、赤熱したリベット鋲(長さ五センチメートルくらい)が数回、針金がしばしば、鉄製パイプが一回くらい、塗料の飛沫がしばしば、原告ら方住居、事務所に落下し、また、近所に長さ二時間半くらいの丸太が一度落下したことがあったこと。

以上のような事実が認められ(る)。≪証拠判断省略≫

第三、次に、被告会社の右工事によって受けた原告らの被害について判断する。

一、原告会社の事務所移転関係について。

≪証拠省略≫を総合すると、前記第二記載のように被告会社の工事の結果により発生する騒音、振動によりその間原告会社の営業用の電話はほとんど聞きとれず、電話がかかってくると、とりあえず相手方の名前だけを聞いて、松原純子が公衆電話を利用してかけなおすという状態であって、営業が妨げられ、原告会社に長く勤務していた女性事務員二名(うち一名は一一年弱、他の一名は一〇年弱勤続していた。)は右騒音、振動のため気分が悪いとか、頭痛がするなどと訴え、仕事上のミスもふえたりして右工事が終了するまで休みたいなどと原告会社代表者に申し出るに至り、結局右二名が退職する状態となり、更には、右被害のほか、後述するように原告方の地盤の沈下、本件建物の傾斜、一部破損により、顧客との関係上本件建物を営業用の事務所として使用することが困離な状態におちいりやむなく同四〇年八月九日ころ、原告会社は訴外大井竹雄との間で同人所有にかかる東京都新宿区本塩町二二番地所在のビルの一室を事務所として、同四二年八月一〇日までの間賃借する旨の契約を締結し、賃料として、同四〇年八月分金二万七、〇〇〇円、同年九月以降一ヶ月金四万二、〇〇〇円ずつを支払っており、尚右契約に当っては右大井に対して金一〇万円を礼金として支払った事実(≪証拠省略≫によると改造費名義で右礼金を支払ったことが認められ、礼金のほかに原告ら主張の造作費を支払ったことを認めるに足りる証拠はない。)を認めることができ(る)。≪証拠判断省略≫

二、本件建物の敷地の地盤沈下、本件建物の一部破損について。

被告会社の前記ビル建築工事によって本件建物の敷地が東側部分において沈下した事実は当事者間に争いがない(沈下の程度については約六センチメートルの限度においては被告の認めるところであるが、それを超えて一五センチメートルであると認めるに足りる証拠はない)。ところで、≪証拠省略≫によれば、右地盤の沈下により本件建物が傾斜し、本件建物の玄関の扉の上部に約五センチメートルのすき間が生じ、通常の方法では開閉が不可能となり、又右玄関の隣の応接間南側のガラス戸および小窓、同建物の二階西側の部屋の南側雨戸の開閉が不可能となり、その他同建物のうち東側部分のうち東西に走る建具・扉の開閉が通常の方法では不十分となり、また同建物の表通りから玄関に通ずる土間のコンクリート部分全体、同建物東側二階に通ずる階段の中程に約二メートルの、同建物の東側部分の外壁に各亀裂(右東側部分の外壁については一部剥離も生じている)が生じ、同建物の東側部分と西側部分とのひずみのため階上七畳半の部屋の西側および台所の天井に雨漏りがするようになり、その結果右天井にしみができ、また、前記落下物により同建物の屋根瓦数枚が破損する結果が生じたことが認められ、これをくつがえすに足る証拠はない。原告らは右のほか建物西側(裏側)の台所、勝手口の扉の上部に約三センチメートルのすき間が生じ、同西側部屋の南側出入口扉の開閉が不十分になり、本件建物のうち西側部分を東西に走る建具の扉に開閉不十分な部分を生じ、応接間と西側四畳半部屋のとの境の壁に亀裂、同建物外壁西側部分に亀裂および剥離、応接間とその西側壁との開に剥離を生じた旨主張するが、これらの各結果については前記鑑定の結果および松原純子本人尋問の結果によっても被告会社の前記ビル建築工事のみにより生じたものと断ずるには十分でなく(建物の自然発生的損傷が加わっていると認められる。)他に右結果が右工事によるものであると認めるに足る証拠もない。

三、原告松原純子、同松原醇三の被った精神的苦痛について。

≪証拠省略≫によれば、右原告両名は被告会社の前記ビル建築工事の中でもコンクリートパイル、アイビーム、リベット鋲の各打込み、夜間におけるコンクリートの流し込みなどの各作業による騒音ないし振動のため、昭和四〇年六月二九日ころから同四一年八月ころまでの間強度の不快を感じさせられ、また、右工事現場からの赤熱したリベット鋲の落下により原告方の自転車をおおっていたシートが燃え上ったことがあったほか、コンクリート塊、丸太材、針金片などの落下物があったために右工事期間中を通じて右工事現場附近を通行するときはもとより本件建物内で生活するについても常に安心できないでおびえるといった状態で平穏な生活が継続的に侵され、また右原告両名は、当時大学や中学校などに在学中の子女五名からは勉強が手につかないなどの不満を訴られ、親としても心痛したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

四、前記ビル建築工事による原告らの損失の回復について、弁護士に委任した点について。

≪証拠省略≫によると、原告らは被告会社に対して電話、口頭あるいは原告松原純子が直接被告会社代表者木田雅行に対して書面を手交して前記原告会社の事務所移転の実費や、本件建物の復旧費用を支払ってほしい旨何回も要求したが、右要求に対しては被告会社は本件建物の復旧については被告会社にさせてほしい旨の回答しただけで、その他の請求については何ら回答しなかったこと、原告らは前記ビル建築工事期間中に、原告らが工事の安全性につき適切な措置をするよう再三要求したのに誠意ある措置がなされなかった点および近隣の家屋の復旧工事について被告会社に誠意のある工事がなされなかった点(証人阿部蔦治、同広瀬庄司の各証言によって裏づけられる)を聞き知っていたことなどから、被告会社に対する不信感が強く、被告会社の右回答には応じなかったこと、その結果原告らは権利擁護のため本訴を提起するに至り、弁護士高橋一郎に本件訴訟の提起を委任したことを認めることができ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上の事実に照らすと、右弁護士への委任はその経過、事件の性質等からみて相当の処置と言うべく、これに要する相当額の費用、報酬も前記同様被告会社のビル建築工事による被害と認めることができる(最高裁判所昭和四四年二月二七日判決、民集二三巻二号四四一頁参照)。

第四、そこで右各被害について被告会社にその責に帰すべき事由および違法性が存在したか否かを検討する。

一、前記第二冒頭記載の各証拠を総合すれば、被告会社は原告方の本件建物に密接して地上六階地下一階のビル建築工事を施工するのであるから、建築の専門業者として、万一にも本件建物を含む近隣建物等に損傷を与えることのないように安全対策を講ずべきことは当然である。

すなわち、本件工事現場の地盤はコンクリート・パイルを多数打込まねばならない程度のもので決して堅固なものとはいえず、原告方の本件建物も木造二階建で堅固な作りとはいえないもので本件建築現場からわずか七〇センチメートルしか離れていないのであるから、これらのことにも留意し、また工事現場から危険物が落下することのないように予防幕、予防網の保安方法を完全に実施し、原告方に本件建物の損傷を生ずることのないよう最善の方法をとるべく、万一原告方に損害を生じあるいは生ずる危険が発生したような場合は工事を一時中止するなどして危険を除去あるいは防止する措置を講ずべきである。

また騒音、振動の発生については、一般的にいって、それがビル建築工事に避けられないものに限り、近隣居住者も、都市における普通人としての社会生活に要求される限度でこれを受忍しなければならないけれども、その限度を超える強烈なものについては、施工者としては、その施工という行為によって、近隣居住者の平穏な生活を侵害するものとして違法の評価を免れないものというべく、その受忍限度は当該場合における施工者と近隣居住者(普通人としての)との相関関係、施工況等を勘案して具体的に決するほかはない。そして、これと施工者の有責性(故意過失)とは密接に関連すると考えられる。単に抽象的に一定の程度を画し、受忍限度を定めるのは相当ではない。

二、そこで、以上の点につき被告のなした措置についてみるに、≪証拠省略≫によれば、騒音については工事現場の周囲に塀をめぐらし機械に油をさすなどし、また現場の掘り下げについてはアイビームを合計六八本を原告方と本件工事現場との境界線近くに打込み、右アイビームとアイビームの間に木矢板を入れて土留めをし、落下物に対する措置としては予防幕や予防網をビルの周りに一部をめぐらした事実は認めることができるけれども、≪証拠省略≫によれば、かえって右木矢板を入れるにつきその措置が十分でなかったため木矢板と木矢板の間にすき間があいていてそこから土砂が流れ出し、これが原因となって前記地盤沈下を来たしたものであること、そして予防幕、予防網も新しいものではなかったため継ぎ目がしっかりしておらずすき間があき、あるいは穴があいていた結果、前記のような危険物落下をみたこと、騒音、振動については、その比較的少ない工法がないことはないのにこれを採用せず(それが、例えば本件工事に適しないとか、費用上採用できないとかいうような技術的なことがらについては、専門業者たる被告において立証すべきものとするのが相当であるが、その立証は十分でない。)、もしその採用が不能であるならその旨原告らに誠意をもって説明してできるだけ納得させ、また工事の時間や、被害の可及的防止策等についても、原害らはじめ近隣者の迷惑をできるだけ避けるように検討し、これらを含めて、この問題について信義をもって折衝をすべきであるのに、これをせず、原告ら近隣者の抗議にもとりあわず、必然的なものだからとしてただ漫然と前記のような強烈不快な騒音、振動を発して工事を続行し、原告らとして受忍限度を超える精神的苦痛を与えたこと、以上のとおり認められる。

よって原告らの前記各被害は、少くとも被告会社の過失によって発生させたものというべきであり、右被害による損害について被告会社は賠償すべき義務を免れないというべきである。

第五、そこで原告らの被害に基づく損害額について検討するに、

一、原告会社が事務所移転のため支出した費用の総額は、前記第三記載のとおり昭和四〇年八月分の賃料金二万七、〇〇〇円、同年九月以降は一ヶ月金四万二、〇〇〇円ずつ、原告会社が本訴で請求している同四一年一〇月分まで一四ヶ月分合計金五八万八、〇〇〇円、前記大井に対する礼金として金一〇万円の合計金七一万五、〇〇〇円であるところ、≪証拠省略≫によれば、原告会社は前記大井のビルを賃借する前は原告会社から原告松原純子に対して一ヶ月金一万円の割合による金員を事務所の賃料として支払っており、同四〇年八月からは右松原純子に対して右一ヶ月金一万円の割合による金員を支払っていない事実を認めることができ、従って、原告会社の右事務所の移転に関する実質的損害額は右金七一万五、〇〇〇円から、昭和四〇年八月より同四一年一〇月末日までの一五ヶ月間原告会社が原告松原純子に対して支払を免れた金一五万円を差引いた残額金五六万五、〇〇〇円が実質的損害であると認める。

二、次に本件建物およびその地盤たる敷地の損傷によって原告松原純子の被った損害額についてでであるが、鑑定の結果によれば右損傷を原状に復旧するに要する費用は被告会社の前記ビル建築工事と明白な関係が認められない損傷の復旧費用も含めて金四八万三、六〇〇円であると認められるが、右被告会社の右工事による明白に認められない部分に該当する費用を判別することはできず(その部分はわずかであると認められる。)、結局、全体としての修理費、右金四八万三、六〇〇円をもってその損害額と認めるほかはない。≪証拠判断省略≫

三、次に原告松原純子、同松原醇三の精神的苦痛による損害額については、前記第三の三記載の苦痛および本件に現われた諸般の事情を勘案して、各自金七万円をもって相当とする。

四、最後に原告会社および原告松原純子の弁護士費用についてであるが、前記第三の四記載の各証拠によれば原告会社および原告松原純子は訴外弁護士高橋一郎に対して事件の着手金として金一〇万円を各自金五万円宛を支払い、謝金(成功報酬)として金二〇万円を右原告両名が各自金一〇万円ずつ支払う旨高橋との間で約している事実が認められこれをくつがえすに足りる証拠はない。

しかるに、本件における弁護士費用(着手金、謝金はこれを総合して費用および報酬と認められる。)は前記第三の四記載のとおりの事情および本件請求認容限度からして右原告両名とも各金七万五、〇〇〇円の限度において相当な費用額として、被告会社に賠償義務があるものと認める。

第六、以上判断したとおり、原告会社の請求については事務所移転費用の実費金五六万五、〇〇〇円、弁護士費用金七万五、〇〇〇円の合計金六四万円、原告松原純子の請求については本件建物の破損およびその敷地の地盤沈下にもとずく損害金四八万三、六〇〇円、慰藉料金七万円、弁護士費用金七万五、〇〇〇円の合計金六二万八、六〇〇円、原告松原醇三については慰藉料金七万円、および右各金員に対する訴状送達の翌日たることが記録上明らかな昭和四二年六月一八日から右各金員の完済に至るまで年五分の割合による損害金請求の限度において正当であるから認容することとし、その余の請求については理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して認め主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 中野久利 裁判官川上正俊は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 小堀勇)

<以下省略>

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